■生命の理から外れて(後編)
スカルガデス「天門を開きし魔王エレヴよ。私の配下として戦う栄誉を与えるぞ。」
エレヴ「やって来るなり上から感マックスだね、ガデス。」
自らの住まいである巨大迷宮、「無尽図書館」の一角で、突然の来客を迎えた魔王エレヴは苦笑を隠そうともしなかった。
元は光神シャルサーナの天使長、そして今や「堕天」し魔王となったスカルガデスは、旧知の間柄である魔王エレヴのもとに来るなり、自ら率いる堕天使軍への勧誘を行ったのだ。
「まず、経緯を教えてくれないかな、スカルガデス。敬虔な神の信徒……とは元々言えなかった君だけど、何でまた堕天なんてしたんだ?」
エレヴの問に、スカルガデスはふんぞり返って答えた。
「恐れ多くも神々の抜け作共が、あまりにも不甲斐ないからだ。
侵略次元の攻撃は、神々が作りし世界、ウォルナーそのものに対する冒涜である。それを人間どもに任せきりなど、神も天使も矜持が成さすぎるわ。
あまつさえ最近は、地球など若輩の世界と組む始末。百歩譲って歴戦の勇士の国たるアークの連中と組むのは良かろうが、本来これは我らが世界、ウォルナーのみで撃退すべき戦争なのだ。
端的に言うと私が戦いたいから戦う。戦いたいように戦う。故に堕天した!」
「最後は本音がだだ漏れだね、ガデス……」
しかし納得はいった。話は非常にシンプルだ。エレヴはスカルガデスのそういった単純さを好んでいた。
「だけどね、僕は最近、死影になったんだ。全世界、全生命から忌避される死影だよ。堕天したとはいえ、流石に天使の軍団に死影がいたら不味いだろう。」
エレヴの告白を、スカルガデスは一笑に伏した。
「我らの敵は、侵略次元だ。死影とは言えウォルナーから生まれたもの。たとえそれががん細胞のような、ウォルナーの神々が決めた理を破壊するようなものであったとしても、それはいわば内輪の話だ。誅するのは後で良い。まずは全てを差し置いて、外敵である侵略次元を滅ぼすべきなのだ。」
スカルガデスの考え方は、シンプルであるが故に正鵠を射ていた。少なくともスカルガデスとその一派は、多方面に敵を作るより、一点突破での効果的な戦いを選んだのであろう。
彼の言葉には説得力があった。様々な神から天使たちが堕天し、彼の元に集いつつあるのも納得がいく。
侵略次元、討つべし。何を置いてもまず。
「なるほどね。けどガデス、死影は侵略次元と行動を共にすることもあるんだよ。いわば同盟を組んでいる。その一員である僕を引き抜くのは、道理に合わない。」
「いや、それはたまたま、であろう。」
スカルガデスは軽々と言った。
「吾が思うに、死影が侵略次元と行動をともにしているように見えるのは“たまたま”だ。決して同盟など組んでおらぬ。察するにお主達死影は、侵略次元の求めるものを“持っていない”のだ。害もなく、得られるものもないから干渉されていないのだ。」
エレヴはスカルガデスの洞察力に改めて感心した。単純に見えて流石は天使長。あらゆるものを見透かすが故に、率直に答えを見出すスカルガデスは、確かに一軍を率いるにふさわしい器だ。
事実、死影は、侵略次元とコンタクトを取って連携しているわけではない。死影は生死の理から外れた存在であり、侵略次元の求めるエナジー、“ポジティプ・エナジー”に関してはマイナスの位相を持っていると考えられている。
死影は、侵略次元から攻撃を受けない。そして死影は、侵略次元と行動をともにすることで、より多くの“恐怖”を搾取することができる。いわば寄生する形で侵略次元を利用しているのだ……
「それにな、吾は死影そのものと組もうとしているのではない。かつて知識欲故に天界への門を開き、天使長たる吾との縁故を築いたお前の、知識欲の権化であるお前個人の力を当てにしているのだ。死影も天界も識ったことか。友人として吾に強力しろ、エレヴ。」
確かに、死影に行動に関する組織としての縛りはない。ただ唯一求められるのは、いずれ生まれい出る“御子”に対し、恐怖に染まった魂を捧げることのみ。
エレヴは内心で気付いていた。侵略次元も興味深い研究対象だ。ならば敵として相対した方が、より多くを知ることができるのではないだろうか。
そして、死影がこの世界から発したものであれば、死影が“世界を完結させる”のはゲームクリアだ。しかし侵略次元に滅ぼされるのは、“ゲームオーバー”ではないか……?
「僕なんかと手を組むとは、君は本当に手段を選ばないんだね、ガデス。」
エレヴは苦笑を崩さずに言った。
「いいだろう。僕個人の興味に従って、君に手を貸す事にするよ。
しかし一部とは言え死影と組むのだから、君の悪名も更にいや増すだろうね。」
「悪名を蒐集するのは、吾の矜持である。」
スカルガデスは不敵な笑みを浮かべて言い放った。
「吾はな、人がやりたいと思っても出来ない事を堂々とやって、影で文句を言われるのが大好きなのだ。そういう奴らを負け犬だと笑ってやるのがな。」
神々の軛から外れた元天使長は、正に自由を謳歌しているのであった。
生命の理から外れて 終
*池っち店長Twitterのアンケートでご要望いただいた、「エレヴ」と「死影」についてのコラムは、今回の連作で語らせて頂きました。
もう一つご要望の多かった「ダークグリフォン」に関するコラムは、第18回で掲載させて頂く予定です。