■狭間の娘と、白い闇 「彷徨いのぽぽ」 池っち店長
「交わらないで。」と彼女は言った。
「私の中に、這入ってこないで。」
雪原の中、巨大な赤鬼の掌の上で、彼女は艶然と微笑んだ。それがヒトと同じ感情からの微笑みなのか、ヒトならざる者の感情ゆえの微笑みなのか。私は今でもその時のことを夢に見る。その度に仲間はずれにされた童のような気分で、目覚めるのだ。
白い闇、八尺ぽぽとの出会いは、私に眠れぬ夜を与えたのだった。
私は、東妖軍特別怪異顧問、遠野幸治(とおのゆきじ)。35歳の若輩者だが、大学で民俗学の教授をしており、小説家としても多少知られている。
だが、それだけで東妖軍に協力することになったのではない。私は個人的にある怪異と親しくしており……ええい、胡乱な話だが言ってしまおう。
私は怪異と暮らしているのだ。もっとハッキリいうと、私の女房殿は雪女だ。「雪女房」という雪の怪異だ。そして何より業腹な事に、私はその娘に惚れているのだ。
民俗学敵研究対象たる怪異に対し、もとより、深い興味を持っていたのは間違いない。しかし一般人より怪異に対して多少は詳しいがゆえに、ヒトと怪異の違いも十分に解っている筈だった。両者には、律して犯すべからず境界がある事を。良く解っているつもりだった。
にも関わらず怪異に惚れてしまうとは、あまつさえ同衾してしまうとは。かてて加えて結婚してしまうとは。業腹を超える業腹だが、私は自分が思っていた程、理性的な人間ではなかったらしい、と認める以外にない。この事実に思いを馳せるたびに、私の胃はキリリと痛み、私は常に不機嫌な相貌を更に不機嫌に崩すことになる。
妻は、つららは、そんな私の貌を見てケラケラと笑う。人が懊悩している姿を見て笑うとは、マルキド・サドに倣う異常者か。言っておくが私は決してザッヘル・マゾッホのような趣味は持っていない。
「あなた、八尺ぽぽでしたっけ?そんなぽっと出の小娘のことは放っておきなさいな。」
「そうは行かない。不確定勢力怪異8号、八尺ぽぽについて調べるのは、吾輩が軍部から受けた重要な任務である。」
「また“吾輩”なんて……その物言いが似合うのは、もう20年は経ってからですよぅ。」
「五月蠅ッ!民俗学においては古きモノに思いを馳せ、まずは形から入るのが肝要なのだ!それが歴史に対する敬意であり、奥の細道に至る近道なのだよ。細君であれば多少は主人の任務を支え給え!」
つららはため息を点いて首肯したが、私の強い言葉に対し、恨みがましい視線を向けるのも忘れなかった。
その氷のような視線に射抜かれると、背中に氷柱を突きこまれたように感じる。私はいつものように、瞬間的に白旗を上げた。
「すみません。手伝って下さい、つららさん……」
「はいはい。ですけれどね、あの娘、ちょっと良くわかンない所が在るんですよ……」
八尺ぽぽは、半年前に茨城県での対侵略次元迎撃戦で目撃された。白装束を身にまとった、肌も真っ白な幽玄な美少女……山奥に出現した次元断層(侵略次元の侵入口)に兵士達が駆けつけた時、まるで八尺ぽぽに率いられるように、無数の怪異が群れ集い、侵略次元に攻撃を加えていたのだ。その時、ぽぽは巨大な牛鬼に乗っており、戦場の中を舞うかのようにしていたという。
軍の記録映像を見た私は、その美しい姿に魅せられた。いや、誤解のないように頂きたい。私は童女に欲情する変態サンではない。しかも私には鬼より怖い(比喩ではない)奥方が居る。私が惹かれたのは、八尺ぽぽの戦いと立ち居振る舞いに、芸術的な感動を感じた事と、そして何より民俗学的に類稀な存在である事実に惹かれたのだ。
怪異は常に自由で、基本的に単独行動を取るものだ。怪異を率いる者。それは多くは知られていない。
数少ない例外と言えば、“魔”の王、あるいは首魁と言われる、「山ン本五郎左衛門」とそのライバル「神野悪五郎」。そして「大妖怪・ぬらりひょん」……都市伝説に在る下駄を履いた幽霊族の少年など……「怪異を率いる怪異」はほとんど存在しない。東妖軍と怪異をつなぐのに貢献した女傑、「冬将軍・御影」殿は、怪異を率いる者というより、交渉のための「顔役」だった。
八尺ぽぽが行っていたような大規模な集団戦闘が、怪異によって引き起こされることは稀である。しかもそれは、完全に統制が取れているように見えた。
その上で妙なこともあった。東妖軍正規兵が戦場に辿り着くと、八尺ぽぽは艶然と微笑みつつ身を翻し、さっさと怪異たちを引き上げてしまったのである。敵は次元門から続々と出続け、戦いはこれから、というタイミングであったのに、何も悪びれる事無く怪異達は姿を消した。
故に彼女は、敵性勢力ではないが、友好勢力とも判断がつかない……というところで保留されている。
しかし言うまでもなく、「怪異を取りまとめ、指揮できる存在が東妖軍に合力すれば、東妖軍の戦力は格段に上がる」事は間違いなく、八尺ぽぽは、重要な研究対象なのであった。
半年間に5度の目撃例があったが、殆どが同様のパターンであったという。一度は侵略次元に攻撃を加えず、付かず離れず、周囲で遊んでいるだけ、に見えたこともあった。
「実際、人と交わることを望まない怪異は多いんだけどね。」
つららが言う。
「その娘みたいに人と侵略次元の間をフラフラと彷徨って、どっちつかず、っていう怪異も少しはいますね。この前渋谷で10人の顔を切り刻んだっていう“フェイスコレクター”って、都市伝説の怪異と“ヴィルス”が合体したものって話じゃァないですか。
あれはきっと、元々侵略次元に惹かれる要素を保っていた怪異が、近付きすぎて“ヴィルス”に取り憑かれたのでしょう。
怪異の中には、どうしようもない悪意を持って生まれたモノもいるから……恨みつらみで化けて出たのも居ますからね。その“ヴィルス”ってのは、ヒトも怪異も狂わせるんでしょう?」
「放っておけば八尺ぽぽは……ヴィルスと同化し、人類の敵に回ると思うか?」
つららは小首をかしげ、少し考えて別の話題を切り出した。
「これは怪異同士の、ゆるい噂話なんですけどね。」
つららは言いにくそうだった。そうか、やはり何か識っていたのか。
「八尺ぽぽに率いられて、一緒に戦った怪異から話を聞いたッて噂があるンですよ。その子はこう言ったそうなの。『まるで自分が自分じゃなくて、ふわふわと桃源郷で踊っているようだった。あの娘が指し示すと、そこで戦うのが当然のように思えてしまった。あの娘は普通じゃない。大妖怪の血を引いているのかも知れないし、それとは違う別のモノも混ざり込んでるんじゃないか。』って。」
それから一ヶ月。私はつららからの情報を元に、話の通じる怪異達を次々にハシゴして、八尺ぽぽの謎に迫り続けた。
怪異は、自らに関わろうとする者に引きつけられる運命に逆らえない。それが「正しい手順」に則っているものであれば、特に。私は民俗学、妖怪学から学んだ知識を総動員し、八尺ぽぽを「引き寄せ」た。人が無粋な真似をして関わった場合、「障り」となって祟られることも在る。私は呪い返しの法を十分に取り揃え、万全を期し、八尺ぽぽの出現するという、茨木の山中へと這入った。
「私と鬼ごっこをしてくれるのは、だあれ?」
耳元に囁くような声を感じて振り返ると、眼の前に毛むくじゃらの、巨大で真っ赤な足が生えていた。見上げると身の丈20メートル近い大赤鬼だ。確か、「祟り鬼」ではなかったか。
私は悲鳴を上げそうになるのをこらえ、木枯らしの吹く雪原に佇む巨大な赤鬼を注視した。赤鬼は右手を水平に差し伸べており、そこに、八尺ぽぽが座っていた。
くすくすくす。
ぽぽの声だと思われる忍び笑いが耳元で聞こえる。いや、その声は雪風のノイズも受けていない。より鮮明に……頭の中から聞こえてくる?!
「……テレパシーか?!」
私は覚醒者の兵士と作戦行動を共にし、テレパシーによる会話を受けたことがある。今聞こえた彼女の声は、それと同質のものだった。
「吾輩は遠野と申す。八尺ぽぽ殿とお見受けしたが、如何に。」
彼女は返事をせずに、まじまじと私を見つめた。その間に私も彼女を観察する。
外気温は2、3度と言ったところだろう。その中で薄絹をまとい、震えを見せない彼女はたしかに人外のものに見える。しかしその肌は、正に透き通るような白い肌は、怪異のものにしては実体感があり、あえて言うならばなまめかしすぎた。見た目からして歳は13歳前後。しかしその顔立ちと、あらわになった肌からは、少女のものとは思えぬ怪しい色香が立ちのぼっていた。
この実体感、そしてテレパシー能力。私は東妖軍怪異顧問としての知識を総動員し、彼女の正体を喝破しようとした。
彼女はおそらく、人間としての肉体を持っている。「情報生命体としての仮の肉体を持つ怪異」とは一線を画している。怪異は、たとえ人間に化けていようと、見る者が見れば解る「違和感」が必ず在るものなのだ。そして私は、怪異に対する専門家だ。彼女は確かに本物の肉体を持っているに違いない。
そのうえで、テレパシー能力や、怪異を操るエンパシーのような超能力を持つ「覚醒者」でもあるようだ。
しかし単なる覚醒者でもない。何かの「混じり者」なのではないか。
そう、覚醒者と、とある妖怪との間に……そこには狂気をもたらすヴィルスの介在もあったかも知れない……ヒトとも怪異とも、ヴィルスとも言えない、未知の存在なのではないだろうか。
眼を見開いて彼女を見つめる私に対し、八尺ぽぽは呟いた。
「あなたも、私の中に入ろうとするのね。」
その言葉からは、自分に興味を持つ者を、いたずらに誘惑しつつも拒絶するという、矛盾した想いを感じた。
「私は私。他の何とも違うし、何とも交わらない。」
肢体を鬼の指に這わせながら、ぽぽがテレパシーで語りかけてくる。
「だけど絆は必要。この世界に生まれた者として、誰かとのつながりはあっていい。たぶん、あったほうがいい。そうでないと、私は何かに傾いてしまう。
私の絆は3つだけ。それが無くなったら私は向こうの世界に行く。そう決まっているの。
あなたは、あなたの絆を大切にしてね。」
ぽぽの言葉の意味を十分に咀嚼しようとしたその刹那、吹雪が湧き上がり、赤鬼の姿はかき消えた。私は雪の中に伏して倒れ、そのまま意識を失った。
「これで二度目ですからね。吹雪の中で、私が貴方をお助けいたしましたのは。3度目には古式ゆかりに則り、貴方を食べてしまうかも知れませんよ。あしからず。」
文句を言いながら機嫌の良さそうな女房を見て、八尺ぽぽに言われたのはこの絆なのだろうと腑に落ちた。女房の膝は柔らかく、雪女房にしては意外と温かい。私は疲れからくる眠気と戦いながら、先程の会話を忘れないよう、情報としてまとめるべく頭をフル回転させた。
「……触れることが可能であれば、確実だったんだろうが…人間と同様、肉体を持つ存在だったと思う。もっとも、頼んでも手すら握らせてくれたとは思わないが……」
「まあ不潔。色妖(色香でヒトをたぶらかす妖怪・怪異)の一種でしたの?」
「白い肌に白い衣。つばの広い帽子……ここ数十年の比較的新しい、都市伝説の怪異にそういうのが居ただろう。ネットミームとしてもてはやされ、ファンアートが無数に描かれた結果認知度が上がり、認知度故に強大な力を持つに至った怪異……おそらくは“八尺様”。」
元々「八尺ぽぽ」は、八尺様に服装が似ている、という事から誰言うともなく名付けられたものだが、どうやら正鵠を射ていたらしい。
オリジナルの八尺様は100%人類の敵といえる怪異だ。見たもの、触れた者に問答無用で取り付き、殺す。会話のできるタイプの怪異ではない。そして怪異の中でも「妖怪」ではなく、「祟り神」に近い、強大な存在だ。
“八尺様”は山陰地方の「大女」の怪異に起源があると考えられる。大女は殿中に恨みをつのらせ、毒を撒いて人々を苦しめたという。毒。侵略次元の毒、ヴィルス。ヴィルスに感染したものは精神と肉体を歪められ、異形の者へと変容する。フェイスコレクターのように、八尺様とヴィルスが融合し、「変容する属性」を持っていたとしたら……
ここからは飛躍した考えになる。おそらく八尺様の呪いをも弾き返す精神力を持った「覚醒者」が、〈怪異〉〈ヴィルス〉〈死影〉の属性を持つに至った八尺様と人知れず戦ったのではないか。双方滅んだか、あるいは生き延びたか。しかし双方の力は融合し、「八尺ぽぽ」という新人類、新怪異を生み出したのではないだろうか。
私は東妖軍に難しい報告をしなくてはなるまい。彼女が「3つの絆がある」と言ったこと。それはおそらく、彼女の人間性の残滓であり、我々はなんとかして彼女との絆を守らねばならないこと。それが何かは分からないが……それが失われた時、彼女は「向こうの世界」……おそらくは死影か、侵略次元へと向かってしまうのであろう。
彼女が敵に回った時、破滅が待っている。何しろ彼女は、怪異を操る力を持っているのだ。想像するだに恐ろしい。
仮に八尺ぽぽと軍部が友誼を結べたとしても、それは永続的なものとは限らない。人と怪異がわかりあえているとは、専門家として残念ながら断言できない。学ぶべきこと、試さねばならないことは無数にある。そして彼女が口にした、3つの絆の謎。それをヒトが理解できるとも限らないのだ……
「あなた、ご報告が済んだら少しは休みがもらえるのでしょう?以前から申しておりました通り、私、東北の温泉地に参りたいのですけど……」
しかしとりあえず当面としては、家庭内の絆を守ることが先決だろう。当家の奥方はヒトに理解のある怪異である。彼女との相互理解がヒトと怪異の繋がりとなる。このような事は家庭内不和を呼びかねぬゆえ決して口にはできないが、我妻は研究対象でも在るのだ。それは決して、無駄にはなるまい。
私は大急ぎでレポートを纏め、東北の温泉宿を予約することにした。
「狭間の娘と、白い闇」 終
■彷徨いのぽぽ
STKが0ですが、実際には破壊したユニットのレベル分のダメージを与えるので、除去要員であると同時にアタッカーであり、非常に強力です。
相手がDRと回復を使えない「酷い事しないで」は、「そっちがひでえよ!」と言いたくなる地味に嫌な効果ですが、ライフ回復を重視しているデッキも最近は多いですし、かなり刺さる場面が多いでしょう。
注目していただきたいのが「貴方の声が聞こえた」で、今のところたいして能動的に使えるように見えませんが、実は次の第七弾のテーマに、
「レベル2の怪異を大幅に強化する」
というテーマがありまして、レベル2の怪異の幾つかに【OD】がつくであろうことを考えると、7弾で大化けする効果になるかもしれません。
■雪女房 つらら
【OD】系に強力なカードが登場。まず、出たターンに相手の特殊能力を全て失わせるので、ソウルガードや【迎撃】やユニットからの即時火力なども無視して安心して攻撃を加えることができます。
「凍結」は即時効果で、様々な効果を打ち消すことができます。
加えて「忌み還り」が在るので、ほしい時にこの効果を使えるようになります。
■大怨霊ストクオウ
【顕在】で場に出せるレベル3ユニット!代わりにダメージが1増えますが、それ以上の恩恵をもたらしてくれるのは間違いありません。
外道ビートデッキに入れれば、実質2コストで場に出るので、「2レベルと0レベルユニットで固める」という外道ビート戦術のじゃまにならないばかりか、主力として大活躍してくれるでしょう。能力を持っていないユニットとして扱われるので、「エアリス」などを使ってATK7の迎撃持ちという、化け物ユニットに成り得ます。
■牛鬼 塡星
2コスト6/6/2は攻防ともにちょうど「強い。硬い」スタッツです。外道ビートの新しいパーツとして注目されそうです。
外道ビートのレベル2は、「ベルトラウ」「牛鬼塡星」「大怨霊ストクオウ」「妖魔装甲 “雷電”」辺りで固めることになりそう。問題はスケイリアのカウンター枠をどうするかですが、これを期にいろいろ試したいところです。
■千狸 メイユー
第1弾の「ミスター死語」はずっと使われていた名おじゃまユニットですが、ここに来てSTKがない代わりにHPが5のライバルが生まれました!
〈ヒーロー〉と〈怪異〉という事で使い分けはされますが、むしろ両方使ってガチガチにめんどくさいデッキを組むのも良いかも!